レモネード,浅野内匠頭,赤穂浪士,兵庫,赤穂,校長先生,火事,ぼや,落ち込み
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(「たんぽぽ荘」九−十へ)
不定期連載小説

「たんぽぽ荘」



-11.トラブル-

「どうだ。」
 村止さんはおいしそうにホットレモネード(?)を飲みながら更に問いかける。
 おいしいか?という意味だ。
「おいしいです。..げほっ」
やはりちょっとむせる。
「ところで今度お前に会わせたい男がいるんだが。」
「えっ。どんな方ですか。」
「俺と同級で萱島って言うんだが、一応漫研部員だ。」
先日の部活ではそんな先輩いたっけ?
不思議に思っていると、村止さんは更に言った。
「いや、名前だけだ。俺が頼んで入ってもらったんだ。
 部活に来ても座っているだけでいいって言ってな。」
「この前はいらっしゃいましたか。」
「いたよ。」
僕は思い出そうとしたが思い出せなかった。 思案に暮れているとそれに気づいた村止さんが更に言う。
「黙って俺の横にいたからな。ほら、眼鏡をかけた男がいたろうが。」
「ああ。」
思い出した。
村止さんの横に確かにいた。
 しきりと何かを言いたそうにしていたけど話に加われなかった眼鏡をかけた先輩が。
「あの方ですか。」
自己紹介があったのだが、記憶力の悪い僕はこの方の事はすっかり忘れていた。
 「今日はちょっと用事で来られなかったんだけど、今度呼ぶよ。面白い男だぞ。」
「はい。」
 萱島さんという先輩をどうして僕に会わせたいのか分からないが、とりあえず僕は返事をした。
その時突然廊下で大声がした。
村止さんがはっとして廊下に飛び出る。
開いた引き戸の向こうから声がする。
「早く、ざぶとん。ざぶとん!」
何がなんだか分からないが、何事かか起きたようだ。
どたどたと行き来する足音。
ああ、この下宿にはほかにも人がいたんだ。 僕はそんなことを考えながら村止さんの帰りを待っていた。
やがて静かになったと思ったら、村止さんの謝る声がして、すぐに村止さんが帰ってきた。
青い顔をしている。
 「おい、今日は悪いが帰ってくれ。」
「何かあったんですか?」
「ああ、ちょっとな...おまえに食べさせてやろうと思って、ニンニクのスライスを火にかけていたのを忘れていた。」
どうやらフライパンの油に引火して火の手があがったようだ。
同居人の発見が早かったので座布団をフライパンにひっかぶせて事なきを得たようだが..
 「分かりました。今日のところは..」
「又いい日を知らせるからな。」
しょんぼりとした村止さんを残して帰るのは気が引けたが、騒動が僕のせいのようで気まずいのでこの日は立ち去ることにした。」

−12.浅野くん−


たんぽぽ荘に兵庫県の赤穂から来た浅野くんという同級生がいる。
電気工学科に所属する彼はとても人が良かった。
お父さんは学校の校長先生だったので、家柄もよく育ちが良かったのだろう。
ひょっとすると赤穂浪士の主君、浅野内匠頭の末裔かもしれない。
 僕は彼が好きだった。
彼は優しいので指図されるのが嫌いな割には人に影響されやすい僕には気分的に楽な存在だったといえる。
彼の部屋は新館の一階、右の突き当たりにある。
最初に新入生の顔合わせをした赤峯さんの部屋のちょうど真下である。
ここにはよく遊びに行った。
なんとはなしにここでごろごろながら馬鹿話をするのが好きだった。
彼とつきあいだした頃、おもむろに浅野くんはこういった。
なにか思い詰めている。
「わいなあ。わいなあ...」
僕は突然どうしたのかと思って黙って聞いていると遂にこういった。
「実はなあ」
「...」
「河合奈保子のファンなんや。」
「ええっ。」
僕はあまりの意外さに硬直した。
別に河合奈保子ファンが悪いわけではないが、何か重大な発言があるのかと期待していた僕にはとんでもなく意外な事に思えたのだ。
 浅野君が気まずい表情をする。
「ああ、そうなの。」 とりつくろう僕。
「河合奈保子。聞かせてくれる?」
「おお。」
 浅野くんは喜んでカセットテープを大きなラジカセに入れ、スタートボタンをおした。
 それ以降浅野君の部屋では彼が誇る河合奈保子コレクションのオンパレードになる。
さびの部分では必ず、 「なおこー」
と声援をあげる浅野君には感心した。
話を聞いていると純粋に惚れ込んでいる。
これだけ心酔できれば本物だ、とおもいつつ、僕は彼の部屋で固まっていた。
浅野君の部屋にはいつも一年生の数人が集まっていた。
 時々先輩も来てくつろぐのだが、これも彼の人徳だろう。
 この日も経営工学科の宝来、建築学科の浅本、田辺、航空工学科の竜田、そして僕が集まっていた。
 人が集まると浅野君も河合奈保子コレクションの披露は控える。
 何となくラジオを聞いていると宝来君がその辺にあった花札を見つけた。
 「やろか」「うん」
 みんなが同意して花札大会が始まる。
 夕食後の7時からスタート。
 みんな貧乏だからなにもかけたりはしないが、若いので白熱する。
 「こいよー。こいこい」
「おっしゃ!花見じゃ。」
「だーっ。こいつうー!」
「もっかい。もっかい」
時のたつのも忘れ、いつの間にか午後十一時。
 竜田がすっくと立ち上がり、
 「おれ、もう寝る」
「もう寝るのんか」
引き留める声も聞かずに竜田は出て行く。 「おやすみ」
残りのメンバーで引き続き花札大会。
午前零時になると田辺が寝てしまった。
「...」
手札を持ったまま寝ている。
「おっしゃ、もう一回」
この花札大会は意識が朦朧としたまま延々と続けられた。
やがて朝。時計は八時三十分をさしている。 「朝だ...もう寝るわ。」
この日は授業もなかったので、何とも言えぬ気持ち悪さに起きあがり、僕は自分の部屋に帰って熟睡した。


(十三に続く)


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